民主主義を殺すもの
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日本とアメリカの違いはいろいろあるが、選挙の考え方もかなり違う。
日本では選挙にお金をかけることは悪いことだと思われている。
お金をかけすぎると、すぐにマスコミに「金権政治だ!」って批判をされてしまう。一度金権政治化のレッテルを貼られると、悪役のイメージが付いてしまうために、有権者たちから敬遠されてなかなか当選できない。だから候補者たちは極力選挙運動を質素に見せようと努力する。たとえば選挙のスタッフたちは手弁当で応援のかたちを取ったりする。また法律でも候補者一人に対して事務所や選挙カーは何台までとか、うぐいす嬢や選挙スタッフは何人までといった具合に規定してある。細かなところでは事務所に飾るダルマやちょうちんの数まで規定している。
こんなことを全然気にしないのがアメリカの選挙だ。
もし皆さんがアメリカに行って選挙にお金はかけてはならないなんて言ったら、アメリカ人からけげんな顔をして、「ホワイ?」って聞き返されてしまうだろう。
なぜなら、アメリカ国民は選挙にお金をかけるのが当たり前と思っているからだ。
彼らはお金をかけるから知名度のない新人議員であってもチャンスがあると信じている。とくに自国のトップとなる大統領を選ぶ選挙となれば、その候補者がどのような候補者であるかを知るために、お金をかけなければならないと思っているのである。だから大統領選となれば、各候補ともジャカスかお金をかけて全国を遊説するし、テレビコマーシャルをどんどん流すのである。
もっとも日米のこの違いは、選挙資金の集金方法の違いからきているのかもしれない。
日本の場合は基本的に、一部の政党を除いて、企業の献金に頼っているのが現状だ。
表面上はパーティ券購入のような個人献金の形式を取っているが、実際は各企業に割り当てられた券を個人名で購入している現状だ。オジサンの勤めている会社にも選挙の時期になると、「パーティ券の購入お願いしま~す」って、いろいろの関連企業から依頼がくる。このような選挙資金の集金方法が、企業との癒着を生むのではないかという懸念があり、日本では選挙にお金をかけないほうが良いという考えになるのだと思う。
ところがアメリカの場合はどうかというと、もちろん有力な企業やお金持ちがスポンサーになったりするかもしれないが、大部分は一般国民の個人献金が大きなウェートを占めている。
一般の国民が自分の応援したい候補者に、100ドル、200ドルといった献金をするのだ。人気のある大統領候補者になると、選挙権を持っていない女子高生でさえ、アルバイトをして得たお金の一部、たとえば10ドル、20ドルといった寄付をしたりする。能力のある政治家、人気のある政治家であればそうとうな選挙資金を調達することができる。それを宣伝費や遊説などの資金にあってているのである。こんなところから選挙にお金をかけることにアレルギーが無いのかもしれない。
大統領選に関していうと、かけるのはお金だけではない。相当な時間もかけるのである。
アメリカ人は実質2年間をかけて大統領を選ぶのである。
このアメリカの大統領選挙であるが、皆さんもご存知かもしれないが、非常に複雑な選挙方法が取られている。
まず、大統領選挙が行われる年の2月から6月にかけて、予備選挙というものが行われる。アメリカでは共和党と民主党の2大政党制を布いており、各党の候補者を一般有権者が選ぶわけであるが、それぞれの州によって若干の違いはあるが、間接選挙で行われる。
そして、それぞれの党で選ばれた候補者が11月の大統領本選に臨むわけであるが、このときの11月の本選も一般有権者が投票した総数で大統領が選ばれるわけではない。これまた間接選挙を採用している。各州で勝利した候補者がその州の選挙人団という人たちを獲得し、その選挙人団の人数を多く獲得した候補者が大統領となるのである。
2000年の大統領選は稀にみる接戦で、民主党のゴア候補に投票した一般有権者数が多かったにもかかわらず、間接選挙人数を多く獲得したブッシュ候補が大統領に選ばれるという矛盾も生じてしまった。
この時のニュースを見て、「アメリカ人ってバッカじゃないの!予備選や本選なんて止めて、最初から複数の候補者を直接選挙で選べばいいじゃん!」って思った読者は多かったのではないだろうか?確かに最初から直接選挙にすれば、時間もお金もかからずに済むはずである。
ところがじつは、彼らはわざと大統領選挙を複雑にしているのである。
これは日本人にはあまり知られていないことかと思うが、この複雑な大統領選挙方法の原形を考案した人は、ジョージ・ワシントンと建国の父たちである。
ジョージ・ワシントンが憲法制定委員会議長になったとき、このアメリカ合衆国という人類史上初めての民主主義国家を永続させたいと思った。そこで彼は民主主義の国家がどのように衰退していくかを歴史の中から学ぼうとしたのである。ところが、当時のヨーロッパの国々では王様のいない国家はなかった。ましてや民主主義の国家なんてものはなかった。つまりジョージ・ワシントンが教科書とする国家がなかったのである。
そこで彼が注目したのは古代ローマであった。
古代ローマでは最初のころ共和政(民主政とほぼ同義)を取っていた。すべてのことは貴族の代表者の合議で決められていた。その民主的なローマがなぜジュリアス・シーザーという独裁者に乗っ取られてしまったのか。ジョージ・ワシントンは彼の仲間たち(建国の父たち)と徹底的に、このころのローマと独裁者・シーザーを研究したのである。
そしてひとつの結論に達した。
独裁者は民衆の熱狂から生まれる。
シーザーは執政官になると、国有地を貧しい平民に分配する法律を制定し、ガリア地方の遠征を成功させた。またシーザーは大変な雄弁家でもあったので、平民たちからの人気は絶大なものがあった。その彼がローマに軍隊を入れてクーデターを起こしたのである。ローマに入ってきたシーザーに対してローマの大衆はブーイングをしたかというとまったくその逆で、シーザーは民衆の歓呼で迎え入れたのである。シーザーのクーデターは大衆の熱狂なしでは成功しなかった。
つまり我々が最も恐れなければならないのは、独裁者ではなく、独裁者を生み出す我々国民の熱狂なのである。
国民の熱狂こそが民主主義を殺す。ジョージ・ワシントンはそう考えた。
だからジョージ・ワシントンと建国の父たちは、大統領が国民の熱狂によって選出されることがないように、このように時間のかかる、かつ複雑なシステムにしたのである。
国民の熱狂は短時間である。どんなに人気のある候補であっても、国民の熱狂は2年間も続かない。また2年間かけて選挙をすることによって候補者一人ひとりを有権者たちは観察することができる。どんなに完璧に見える候補でも、2年間かけて選挙をすれば、ひとつや二つのアラが見えてくる。候補者が神格化されることを防ぐことができるのである。
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ところで、おそらく独裁者と言っても、多くの日本人にはピンとこないと思う。
今の日本は民主主義の国で、憲法で基本的人権が保障されているし、三権分立がなされている。しかも戦争も無く平和だ。だからほとんどの人たちは独裁者なんて遠い国のことで、日本には全然関係ない話しだと思っていることだろう。でも、独裁者はどこにでも出現するのである。日本であっても例外ではない。
日本にも独裁者が現れる可能性があるという話しをしたい。
たとえばこんな以下のケースを考えてほしい。
ある日のこと、かいちゃんという天才政治家が日本に現れた。
かいちゃんは菜食主義で虫もころさない、とても性格が優しい人だった。かいちゃんの生活はとても質素で誠実そのもの。かいちゃんは禁欲主義者で、汚職の「お」の字も見当たらない清廉そのものだ。またかいちゃんはかつては画家をめざしたこともある芸術家タイプで雄弁家。彼と会った人たちがかいちゃんの人間的魅力にとりつかれてしまうほどのカリスマ性をもった人であった。かいちゃんは理想的な政治家であり、非の打ち所がなかった。少なくとも多くの人たちにはそう見えた…。
そんなかいちゃんがある時、国民の人気を背景に日本の内閣総理大臣になった。
かいちゃんは総理大臣になると同時に、強力なリーダーシップを発揮して、現在の日本の諸問題をすべて解決してしまった。
たとえば、かいちゃんは巧みな経済政策の実行により景気を活性化し、いままで就職したくても就職できなかったフリーターの人たちや派遣社員の人たちが正規雇用できるように法律を作った。そして格差のない社会をみごとに実現し、国民のすべてが豊かに生活できるようになった。
また、国民の年金を食いものにしている社会保険庁を即座に解体し、プロフェッショナルな投資集団を組織して、巧みな投資により、増税することなく年金基金の財源を創出し、国民の老後を保証することができた。これで日本国民が老後の不安なく安心して生活ができるようになった。
隣国による拉致問題に関しては、諜報機関をフルに活用し、拉致被害者の所在を調べ、ピンポイントに空てい部隊を送り込んで、一人の血も流すことなく、被害者全員の救出に成功したとしよう。
こんなかいちゃんという有能な首相が日本に現れたら、皆さんは熱狂しないだろうか。そしてこの人にずっと自分たちのリーダーでいてほしいと思わないだろうか。
そんな時にかいちゃんが皆さんにこう言ったとしたら、皆さんはどう判断するだろうか?
「私に全権を与えていただければ、もっと豊かな日本を造ります!」
こんな有能な人格者であれば、全権を彼に与えちゃってもいいかな…なんて思ったりしないだろうか?
「そんな、神様じゃないんだから、日本が抱えているそれらの諸問題をすべて解決するなんてできっこないじゃないか!」って反論する人もいると思う。
もちろん、かいちゃん(オジサンのこと)にはそんな能力はまったくないので、かいちゃんは独裁者なんかになれっこない。せいぜいなれるのはウサギの独裁者くらいだ(我が家ではうさこを12匹飼ってるのです…)。
ところが、そんな神様のようなことを実際にやってのけた人間がいるのである。
アドルフ・ヒトラーである。
ヒトラーというとほとんどの日本人はドイツの独裁者でユダヤ人を虐殺した恐ろしい人とだけしか知らないのではないだろか。
ヒトラーに関して我々がしっかりと知っておかなければならないことは、
ヒトラーは当時、世界で最も民主主義的と言われたワイマール憲法の下で、合法的に独裁者になったということである。
そして次にヒトラーに関して知っておきたい重要なことは、彼は天才だったということである。
つまり天才がひとたび出現すれば、民主主義の社会でも合法的な方法で独裁者となる可能性があるということである。
ヒトラーがどれほどの天才だったかを知るために、最初に当時の社会的な背景を知っておく必要がある。
1929年10月24日にニューヨークのウォール街で端を発した株価暴落は、瞬(またた)く間に世界を飲み込んで大恐慌となった。一瞬にして財産を失った人たちは路頭に迷い、自殺する者も続出した。ウォール街では歩くときに上を見て歩け!と言われるほど、ビルからバラバラ人が降ってきたという。この日だけで、11人の飛び降り自殺者が出たのだ。また企業の倒産や閉鎖が相次ぎ、あっという間に世界中で失業者があふれ出した。
もっとも世界恐慌の打撃を受けたのはドイツだった。
第一次世界大戦で敗戦したドイツには、ベルサイユ条約で莫大な賠償金の支払いが命じられていた。その金額たるや天文学的数字で、孫の代まで払い続けても返せないと言われていた。
そんな巨額の賠償金支払いで国家財政が苦しいドイツに世界恐慌が襲ったのだからたまらない。すぐに国家財政は破綻し、たちまち巷(ちまた)には大量の失業者が出てしまった。その数なんと600万人。じつにドイツ国民の5人に1人は失業してしまった。当時の失業は今の我々の失業と深刻さが違う。我々日本では失業すれば失業保険が出るし、給料の条件を考慮しなければコンビニでも、工事現場のガードマンとしてでも働くことはできる。ところが1930年代の社会では失業したらアウト。なんの保証も働き先も見つからず、路上生活で乞食をするしかないのである。失業ということが彼らにとってどれほど深刻で恐ろしいものであったかがわかると思う。
そんな恐ろしい失業問題を短期間で解決したのがヒトラーである。
1933年の選挙によってドイツの国民議会の第一党となったナチスのヒトラーは合法的にドイツの首相になった。そしてまずやったことは、アウトバーンの建設をはじめとする公共工事である。
今でこそ不況になれば市場を刺激するために、公共投資をするということは誰でも知っている。
不況のときに公共投資が効果的であることを初めて提唱したのは、近代経済学の祖、ジョン・メイナード・ケインズというアメリカの官僚である。彼は「雇用・利子および貨幣の一般理論」という本を1935年に出版し、その著書のなかで不況時に人工的に需要を増大させる政策の有効性を証明した。それ以降、不況時に公共投資をする国が増えてきた。
しかし、ヒトラーが首相になった1933年時点では、不況に公共投資が有効であることはだれも知らなかった。
むしろ国家は経済に介入してはならないと思われていた。
この時代の経済学の主流は古典派経済学。古典派経済学の祖、アダム・スミスは「国富論」という本の中で、レッセフェール(自由放任主義)を提唱した。国家がなにもしなければ、市場は見えざる神の手(市場原理ー需要と供給バランス)によって最大多数の最大幸福を実現すると主張した。アダム・スミスの説はそれまでの小さな不況には効果を発揮した。だから今回の不況でも、どの国もこの大不況の中で何もせず、いずれは市場の健全性がもどると信じてじっとしていた。しかし経済が好転する兆しはまったく見られなかった。
各国政府は古典派経済学者たちに何度も意見を求めたが、彼らはいずれ市場は回復すると言うのみ。ところが不況はどんどん悪化して行ったのである。そのうち古典派経済学の大家たちは、「これは古典派経済学の理論が間違っているのではない。回復しない市場が間違っているのだ!」、なんてことを言い出す始末。
そんな時に、古典派経済学のレッセフェールなんてゴミ箱にポイしちゃって、ヒトラーただ一人が公共投資をしたのである。
ヒトラーが公共投資をしようとした時、そんなことをしたら市場はさらに大混乱を起こしてしまうってことで、ヒトラーの側近たちやドイツの経済学の大家たちは止めようとしたが、ヒトラーは一切聞く耳を持たず、公共投資を続けた。そうしたところ当然のことと言うべきか、景気は回復し失業問題は短期間で解消したのである。しかも通常公共投資をするとインフレが起こるのであるが、特筆すべきは、ヒトラーは巧みに市場を調整しながら公共投資をしたので、この時インフレを起こさずに市場を回復させたのである。
驚くべきとしか言いようがない。
ヒトラーは若い頃は画家志望であったので、経済学の「け」の字も知らなかったはずである。なぜ公共投資が不況に有効であることをヒトラーが知っていたのか。天才は生得の知恵があるということなのかもしれない。
この大不況で世界中がのた打ち回っている時に、ヒトラーのみがドイツ経済の立て直しに成功したのである。
当然のことながら、ヒトラーの国民的人気はうなぎのぼりのように高まった。
次にヒトラーが行ったのは大ドイツの復活である。
第一次世界大戦で敗戦国となったドイツにはベルサイユ条約で、多額の賠償が義務付けられただけでなく、軍事力の制限と広大な領土の譲渡があった。ドイツ人にとってこれは屈辱的な条約であった。ドイツ国民の尊厳や自尊心はこの条約でボロボロであった。
そのドイツ人にとって恥辱とも言えるベルサイユ条約を、1935年にヒトラーは一方的に破棄すると宣言したのである。
そしてヒトラーは一挙に陸軍の規模を12倍にするべく、再軍備を開始したのだ。
この時ばかりは、ヒトラーの側近だけでなく、ドイツ国民も震え上がってしまった。
大国のイギリスとフランスが攻め込んでくる!
ドイツ国民もヒトラーの側近もそう思った。ただしヒトラーを除いて…
ところがヒトラーはその時にイギリスやフランス国内で広がっていた平和主義運動に着目していた。
第一次世界大戦はこれまでの戦争では考えられないような戦死者を出した。その反動からイギリスやフランスでは国民に厭戦感情が高まり、いたるところで国民による平和主義運動が繰り広げられていた。
「イギリスもフランスも、国民の世論に反対して、軍事行動を起こせるような勇気のある政治家は一人もいない!」と、ヒトラーは読んでいた。
ヒトラーの読みは的中した。
イギリスもフランスもこのとき軍事行動を起こさず、ヒトラーのベルサイユ条約破棄宣言と再軍備を黙認したのである。
その後は平和主義運動の高まりで動けないイギリスとフランスを尻目に、無血で第一次大戦で取られたラインラントの領土を奪い返し、オーストリアを併合して行った。
ドイツ経済を立てなおし、失業問題を解決し、ベルサイユ条約によってボロボロとなったドイツ国民の尊厳を取り返したヒトラー。またアーリア人至上主義を説き、ドイツ民族の誇りと自信を取り戻してくれたヒトラー。
ドイツ国民が熱狂するのはむべなるかな。
ドイツ国内は欣喜雀躍、狂気乱舞の手のつけようがない状態。一神教であるキリスト教徒のドイツ人は、「神様、仏様、ヒトラー様!」とはさすがに言わなかったが、その代わりにこう言った。
「ヒトラーは限りなく神に近い人…」
一神教のキリスト教徒がこう言ったら、もうヒトラーを神だと言っているようなものだ。こうしてヒトラー神話が作られていった。
ヒトラーの行くところはどこでもドイツ国民が、「ハイル、ハイル!」の大合唱。ドイツ国民のすべてがヒトラーに心酔していた。
そんな時、「私に全権を与えていただければ、もっと豊かなドイツを実現してみせます!」とヒトラーは言った。
ドイツ国民は将来悲惨なことが起こるなんてことは誰も疑わずに、あっさりとヒトラーに全権を与えてしまった。
1935年にドイツ国内で国民投票が行われた。
そしてなんと国民の90パーセント以上という圧倒的支持で、首相と大統領の兼任(行政権の完全な掌握)、立法権、軍隊の指揮権といった、司法権を除くすべての権力をヒトラーに渡してしまったのである。
こうして三権分立という鎖がはずされ、リバイアサンという怪物が解き放たれたのである。
その後は、皆さんもご承知のように、誰もヒトラーの暴走をくい止めることができなくなり、世界は人類がいまだ経験したことのない第二次世界大戦という大惨事に突入していったのである。
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日本にヒトラーのような天才が現れたとき、はたして我々日本国民は冷静な判断ができるだろうか?皆さんには独裁者を出さない自信がありますか?
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国民の熱狂こそが民主主義を殺す。
ジョージ・ワシントンの慧眼(けいがん)は、はからずも他国の歴史が証明した。
アメリカの大統領は、行政権、軍隊の指揮権および立法に対しての拒否権という強い権力が与えられている。
だからこそ、ジョージ・ワシントンは国民の熱狂から独裁者になろうとする候補者が出ることを恐れたのである。
建国以来200年以上、アメリカ合衆国に一人の独裁者も出現しなかった理由は、ジョージ・ワシントンと建国の父たちが考え出したこの複雑な選挙制度にある。各政党の候補者選びから、予備選、本選と実質2年間という時間をかけてアメリカ国民は大統領となるべき人をじっくりと観察していく。そうすればひつじの皮をかぶった狼のどす黒い野望を見破ることができるのである。どんなに選挙に時間とお金がかかろうが、あるいは集票に手間取ることがあろうが、おそらくアメリカ国民はこの大統領の選挙方法を変えることはないだろう。
死してなおアメリカの民主主義を守り続けるジョージ・ワシントン。
ジョージ・ワシントンが歴代の偉大な大統領の中でも、ナンバー・ワンであることに異論を唱える者は一人もいないであろう。
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あとがき)
ふ~うっ!
お疲れ様でした。今回はちょっと分量が多すぎましたでしょうか?最後まで読んでいただいた方は何人いるのかしら、ちょっと心配…。
昔と違って最近は日本国憲法を改正しようという議論がときどきされます。その際に日本もアメリカと同様に首相を一般国民が直接選んだほうがよいのではないかという首相公選制が話題になったりします。でも、日本のように選挙にお金をかけることが悪いことのように見られる国では、一般国民の直接投票がとても危険であることがお分かりになったのではないでしょうか。
ジョージ・ワシントンについて今回お話したとなると、どうしてもエイブラハム・リンカーンにつても話さなければなりません。なにしろこの二人は、王と長島、大鵬に柏戸、アントニオ猪木にジャイアント馬場、ラーメンに餃子(オジサンはラーメン餃子が好きなので、へへへっ…)のような関係ですから。
宗教ブログと言っておきながら、次回もアメリカの大統領についても話させて下さい。
それじゃ、来週も読んで下さいね。
バイバイ。
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参考文献
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ヒトラーと第三帝国
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ヒトラー神話の誕生
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ヒトラー・ユーゲント
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経済学をめぐる巨匠たち
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A Short History of The World

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