私の周りに神は見えない
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前回の投稿記事で、1957年の旧ソビエト連邦の人工衛星スプートニクの成功がアメリカ国民にショックを与え、それまで多くの州で施行されていた反進化論法が廃止されたというお話しをした。
ところが、その4年後にもっとショッキングなことがおこった。
1961年4月の旧ソビエト連邦の有人宇宙飛行の成功である。
おそらく今の若い人には馴染みのない名前かもしれないが、人類史上はじめて宇宙に出た人物は、ユーリー・ガガーリンという軍人である。いまでもロシアの英雄の一人である。
オジサンと同い年かまたは年配の人であれば、この質問には簡単に答えられると思う。
ガガーリン少佐が宇宙から地球に送ってきた最初のメッセージは何でしょうか?
おそらくほとんどの日本人がこう答えるに違いない。
「地球は青かった…」
それまで人類は宇宙から地球を見たことがなかったので、我々の住むこの地球が宇宙空間で青く光る星であることは誰も知らなかったのである。だから彼が発したこの言葉は非常に印象が強く、当時の多くの日本人の心に感動とともに強く焼きついた。
ところが、同じ質問をアメリカ人にしたらどうだろうか。
これがまったく違った答えが返ってくる。
アメリカ人が記憶するユーリー・ガガーリンが最初に宇宙から発した言葉はこのようなものであった。
「私の周りに神は見えない…」
「へぇ~、結構哲学的な言葉だね!」って、皆さんの多くがのんきに思われるかもしれない。ところがあまり知られていないが、この言葉はアメリカという大国の60年代の方向を決定したといっていいほどのインパクトのある言葉だったのだ。
当時の日本人もこの言葉はニュースの報道などで聞いているはずなのであるが、宗教音痴の日本人はこの言葉は左の耳から入って右の耳から抜けて行っちゃった。だからだれも記憶していないのである。
ところが、キリスト教国であるアメリカは違った。
アメリカ国民のすべてがこのガガーリンの言葉に怒り震えたのである。
なぜかというと、アメリカはキリスト教の国であり、このガガーリンの発した言葉は、アメリカ国民を最高に侮辱した言葉であったからだ。
ちょっとわかりにくいと思うので、もう少し解説を加える。
旧ソ連は社会主義の国であったが、その理論的基礎は唯物論というものにあった。唯物論とは、我々の精神活動も含め、この世のすべての事象は物質の変化によって説明ができるという説である。そこには物質以外の要素(たとえば神など)は入る余地はない。社会主義の創始者・マルクスは「宗教は精神的アヘンである」と言って、宗教を切り捨てた。つまり、社会主義国家は無神論国家なのである。
かたや、アメリカは言わずとしれた資本主義国家であり、キリスト教国でもあった。
したがって、当時の資本主義国・アメリカと社会主義国・旧ソ連邦の対立は、有神論国家と無神論国家のイディオロギーの対立でもあったのである。
キリスト教の神はどこにいるかというと heaven (天国)である。
その heaven (天国)はどこにあるかというと、実は聖書にはその所在は明らかにされていない。だからと言って、地中深いところにあるとは考えにくい。神様はモグラじゃないんだから、そんな暗いジメジメしたところがお好きとは思われない。どちらかというと広々とした明るい上の方にあるのではないだろうか。そう考えた方が全知全能の神様のイメージにはピッタリだ。だらから大概の人は heaven (天国)というと上の方にあると考える。
ガガーリンもそう思った。
我々のずっと上の方、つまり宇宙空間からガガーリンが発した「私の周りに神は見えない」という言葉は、「天国など存在しない」また「神など存在しない」という、無神論国家・旧ソ連邦の宇宙開発競争における高らかな勝利宣言であり、かつアメリカ国民を文字通り見下した言葉であったのである。
だからアメリカ国民は怒りに震え、悔し涙を流したのである。
ガガーリンの有人飛行から3週間ほどして、アメリカもアラン・シェパードという宇宙飛行士が乗った宇宙船・フリーダム7号で有人飛行を成功させた。しかしこの宇宙飛行の実施はじつにタイミングがわるかった。なぜかというとガガーリンのボストーク1号との有人飛行の技術差が歴然として現れてしまったからだ。
ガガーリンは地球周回軌道に乗り1時間50分かけて地球を1周したが、アラン・シェパードの乗ったフリーダムは単に弾道飛行を16分間したのみ。無重力も10分間弱しか経験しなかった。今の人たちはサーカスなどを見たことがないかもしれないが、ピエロが大砲の中にはいってドンと打ち上げられ、放物線を描いてネットなどに着地する芸がある。アラン・シェパードの弾道飛行は、そのピエロのちょっと大掛かりな打ち上げと考えればよい。フリーダムは厳密な意味で宇宙に出たとは言いがたかった。
ガガーリンの華々しい成功のあとでは、文字通りアランシェパードはピエロを演じてしまったのである。
本来なら彼は国民的英雄としてアメリカ国民から熱烈な歓迎とともに地球に帰還するはずであったが、現実はその逆で、アメリカ国民の失意とともに迎え入れられたのだった。
当時のソ連邦はすごい国だった。少なくとも周りの国々にはそのように目に映った。
今の人たちには考えられないことかもしれないが、1960年代、1970年代は社会主義国の絶頂期で、農業生産も工業生産も年々倍増につぐ倍増が報じられていた。世界のいたるところで社会主義になる国も増えていた。またオリンピックなどは、まるでアメリカとソ連邦の運動会のようなもので、金メダルというとほとんどがこの二国が独占していた。ソ連邦の国威を示すひとつの例である。
カール・マルクスは唯物史観というものを唱えた。
これは人間はその社会の一定の生産関係の中にあり、歴史の移り変わりによって、生産関係も変わり、社会が発展していくというものである。たとえば中世は農奴と封建領主との生産関係であったが、貨幣経済が普及するにつれて、近代社会では労働者と資本家の生産関係に移っていくというように。
そしてマルクスはその著書「資本論」の中でこう予言した。
「生産技術の向上は、資本主義社会の内部矛盾を引き起こし、いずれは社会主義を経て、共産主義社会に移行する!」
いまから考えればばかばかしい話だが、60年代、70年代には、このマルクスの予言を信じている人がけっこういた。お恥ずかしいながらオジサンも学生時代は、ある朝起きたら日本は社会主義の国になっていた…なんてことが起こるのではないかと漠然と思っていた一人だ。
現在地球上に残っている共産主義国は、中国、キューバ、北朝鮮のみ。あとは1990年代にみんな崩壊してしまった。中国は共産党一党独裁を除いて、資本主義国に変貌しつつあるから、もはや現存する共産主義国に数えられないかもしれない。だから今から振り返れば、マルクスの予言なんて現在はだれも信じる人はいない。
しかし当時はアメリカでさえマルクスの予言に囚(とら)われていたのだ。
アメリカには、その頃ヒステリック症状というべき「ドミノ理論」という外交思想があって、連鎖的に共産主義国が誕生するなんていう強迫観念があった。だからアメリカはベトナムへの軍事介入をしつつあったのだ。実際はアメリカが70年代にベトナムから手を引いたら、現在のベトナムを見ればわかるように、彼らは共産主義の道を選ばずに資本主義の道をひたすら歩んでいる。(あの悲惨なベトナム戦争はいったいなんだったのか…。)
当時はそれほど現実離れした社会主義の脅威論が大きかったのである。
そんな状況下でソ連邦の有人飛行の成功が報じられたのである。
アメリカ国民の落胆振(ぶ)りは推(お)して知るべし。
やはり、ソ連には勝てないのか…。
アメリカ国民は敗北感にうちひしがれ、アメリカ社会には暗~い雰囲気が漂っていた。
このような状況下で、この劣勢をみごとにひっくり返す男が現れた。
就任したばかりの第35代大統領、ジョン・F・ケネディである。
ケネディは若干43歳の若さであったが、並みの大統領ではなかった。
フリーダムが帰還して数日後の1961年5月25日、ジョン・F・ケネディは突如として、アメリカ予算委員会でこう発言した。
「60年代が終わるまでの10年以内に人類を月面に立たせます!」
そしてこうも言った。
「これまでの宇宙開発で、これ以上重要で、これ以上困難で、これ以上費用のかかるものはありません!」
人類を月に送り込むためにいったいいくらかかるのか?いやそれ以上に月面に人類が立つことが果たして可能なのかどうか?力強く宣言したケネディ自身この時点ではわからなかったのである。
ひょっとして月面には技術的には行けないかもしれない…
世紀の茶番大統領の汚名を歴史上に刻む可能性が高かったが、アメリカ国民に希望を持たせ、ふたたびアメリカ社会を活性化させるため、アメリカ合衆国の威信をかけたケネディの一(いち)か八(ばち)かのかけであった。
もし日本で、政治家がなにかのプロジェクトを推進しようとして国民に向かって、「可能かどうかわからないくらい困難で、いったいいくらかかるかわかりません!」といったら、「あんた、いったいなに考えているの…」って、即リコールをくらっちゃうでしょう。ところがケネディが「月面に人類を立たせる!」って宣言したとき、アメリカ国民のブーイングを受けるかと思いきや、まったく逆だったのだ。
ケネディのこの宣言はアメリカ国民の熱狂をもって受け入れられたのである。
その理由はその背景にガガーリンの「私の周りに神は見えない」という言葉があったからだ。
「おのれ…、この屈辱を晴らさでおくものか…」とうい怨念がアメリカ国民にはあった。だからケネディの「月面に人類を立たせる!」という力強い言葉に、アメリカ国民全員が奮い立ったのである。
ケネディの月面着陸宣言に旧ソ連邦も全世界も度肝を抜かれたが、もっとも驚いたのはアメリカ航空宇宙局(NASA)の人たちである。
彼らは60年代の開発目標を立てたばかりであった。
その目標とは有人飛行を早く成功させ、1970年までに地球周回軌道に乗せて、7~8回地球を回るというものであった。それがいきなり、いくら予算を使っても良いから10年以内に人類を月面に立たせろというわけである。いままで幼稚園のお受験の準備していたのが、いきなり家庭教師は何人つけてもいいから、大学の入学試験を受けて合格しろ!と目標設定を変えられてしまったようなものだ。
しかし賽(さい)は投げられた。
そのあとのアメリカはすごかった。
キリスト教徒(プロテスタント)には行動的禁欲というものがある。
いずれこの宗教シリーズのブログでも詳しく紹介する予定であるが、行動的禁欲とは目的に向かって一心不乱に走りつづけるというパウロの教えである。アメリカはまさしく行動的禁欲のごとく、わき目も振らずに人類を月面に立たせるためにアポロ計画に没頭していった。アメリカ国家予算220億ドル、現在の貨幣価値にして1200億ドルを投入し、30万人の科学者やスタッフがこのアポロ計画に参加した。
そして、ジョン・F・ケネディの宣言した通り、1969年7月20日にアームストロング船長が月面に降り立ったのである。
今から40年前はパソコンなどない時代である。オフコンなるものはあったが、コンピュータなど一般の人たちは見たこともない。コンピュータのハードも今ほど発達していなかった。アポロ11号に搭載されたマイコンは4ビット。現在皆さんが使っているプレイステーションのようなゲーム機は32ビットのマイコンが主流だ。何世代か前のゲームボーイに使われていたマイコンよりもはるかに劣るマイコンがアポロ11号に使われていた。
そんな今よりコンピュータ技術の劣った時代に、アメリカはわずか8年間でアポロ計画を成功させたのである。
これはすごいことだと思わないか?
これが実現できた背景には、アメリカ国民の宗教的情熱とプロテスタントとしての強烈な使命感があったのである。
1960年代はまさにプロテスタンティズムが実現された時代であった。
彼らからすると、自由主義世界を守るということは神の御心に沿うものだと考えている。なぜかというと、彼らにとって民主主義、資本主義、キリスト教は三位一体なのである。
国家の威信をかけて、資本主義、民主主義を守ると言うことは、キリスト教世界を守ることでもあるのである。
このように、アメリカという国の行動の背景には、大なり小なりプロテスタンティズムの思想があるのである。このことをしっかりと覚えておいてほしい。
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あとがき)
お疲れさまでした。
民主主義、資本主義、キリスト教は三位一体であるということは、今の高校の歴史教科書には書いてあるのでしょうか?少なくともオジサンの学生時代にはなかったような気がします(はっきり断言できないのは、オジサンは高校時代は歴史は及第点ギリギリで、得意科目ではなかったからです…汗)。
実は私たちが住む資本主義社会、民主主義社会というのは、キリスト教から発達してきたのです。資本主義や民主主義がキリスト教と関係があるというのは不思議に思われるかもしれません。このことを初めて解明した人は、ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーという人です。その著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本に書かれています。
これがすごい理論なんです。風が吹けば桶屋が儲かるって感じの理論なんですが、思わず「なるほど!」って納得しちゃう理論なんです。目からウロコが落ちるように、現在のアメリカが見えてくるようになりますよ。いずれこのブログで彼の理論を紹介しますね。
さて次回ですが、宗教のテーマから離れて、今回登場してもらったジョン・F・ケネディも含めた偉大なアメリカの大統領をご紹介したいと思います。アメリカ人にとっていつの時代も大統領は彼らのヒーロなんです。アメリカ人のメンタリティに強く影響を及ぼした歴代の偉大な大統領を知ることは、アメリカという国家、国民を知ることでもあります。
そうそう、もしオジサンの過去ログ、「アメリカン・ヒーロー」と「5ドル紙幣の偉人」と「徘徊する怪物」を読んだことがない方は、ぜひ次回までに読んでいていただけますでしょうか。読んでいただいていれば、次回の偉大な大統領たちの記事がよりおもしろく楽しんでいただけると思います。
それじゃ、また次回もぜひ読んで下さいね。
バイバイ
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